
デザイナー原研哉の「デザインは差異のコントロールだ」という言葉が好きだ。この言葉は、こう言い換えることもできると思う。
「デザインとは、情報と情報の間の関係を調節することだ」
情報と情報の間の関係を調節すると、前景と背景をつくることができる。前景をつくるには情報と情報の差異を広げなければならず、背景をつくるには情報と情報の差異を縮めなければならない。
こうした調節によって、情報には視線の流れが生まれる。山から吹いてくる風のように、対比が大きい場所から対比が小さい場所へと視線は流れていく。この原理によってデザイナーは、読者の意識の中で前景に広がることと背景に広がることをコントロールできる。どの部分を際立たせて前景にし、どの部分を削ぎ落として背景にするかは、デザイナーの主観によって変わる。
例えば、サムネイルのコピー内容が本質を最も魅力的に表しているなら、それを前景にする。この場合、デザインは淡白であるべきだと私は思う。なぜなら、前景にしたい部分が表現ではなく内容にあるからだ。周囲の他の情報とのデザイン上の差異を減らし淡白にすれば、内容がより目に入りやすくなる。グラスがあまりに華美だと、その中身が目に入らなくなってしまう。
逆に、情報において表現そのものが魅力的で、言葉より本質をよく表している時がある。この場合は、表現に大きな対比を与えて前景にする。中身がどんな器に盛られているかによって、その中身が持つ文脈もまた違って見え、中身をより魅力的に映し出すことができるからだ。
「デザインは差異のコントロールだ」という概念を知ってからは、部分に気を配るのではなく、情報と情報の間の関係を捉えようと努めている。ある要素が変わると、その要素だけが変わるのではなく、要素と要素の間の関係もまた変わるということを学んだからだ。
最初はこの原理をデザインにだけ応用していたが、情報を扱うすべての仕事に適用される原理だと思う。デザイナーだけでなく、すべての人が自分なりのやり方で情報をデザインできる。